DJ HASEBEによる「1997年から2017年までを築き、これからのシーンへと繋ぐ音楽プレイリスト」

様々なフェスやクラブの現場で音楽シーンをサポートしてきた「ZIMA」が、20周年に掲げるコンセプトは「Music Fighters(=音楽を愛し、楽しみ、音楽シーンを盛り上げ挑戦していくすべての人)」、そしてそのコンセプトに因んだ企画をオフィシャルサイトより発信。このプレイリスト企画では、シーンのこれまで/これからを担う様々なアーティストの選曲を通して、音楽の魅力に改めてフォーカスしていきます。第一弾はDJ HASEBEさんが登場です。

このプレイリスト企画では、シーンのこれまで/これからを担う様々な人々の選曲を通して、音楽の魅力に改めてフォーカス。第一弾は20年間第一線で活動してきた人気DJであり、初期のSugar Soul(※1)からソロ名義での作品までプロデューサー/リミキサーとしてもシーンを牽引してきたDJ HASEBEさん。ZIMAが日本上陸した97年は、ヒップホップの聖地=渋谷Harlemでの伝説的なイベント<HONEY DIP>がスタートし、Sugar Soulとしてもデビューを果たすなど、HASEBEさんにとって重要な年でした。今回は「それからの20年間」と「これからの音楽シーン」を、テーマ別に選んでもらった10曲とともに語ってもらいます。

※1.Sugar Soul:DJ HASEBE、AIKO、カワベによるR&Bユニット。現在はAIKOのソロユニットとして活動中。

INTERVIEW:DJ HASEBE

「新たな挑戦の年」だった、97年のプレイリスト。

――ZIMAが生まれた97年は、DJ HASEBEさんが<HONEY DIP>をスタートさせ、Sugar Soulとしてデビューした年でした。その頃どんなことに興奮していましたか?

自分も含めたDJシーンの仲間が生活できるようになり始めたのが96年頃で、その翌年、ゴールデンウィークに渋谷Harlemができて、僕はスタートから火曜日を担当させてもらうことになりました。この年はSugar Soulもはじめたし、自分にとって97年は、それまでやってきたことが形になって、新たなことにチャレンジしていく年だったと思いますね。

――今回は選曲してもらったプレイリストとともにDJ HASEBEさんの20年についてきかせてください。まずは「97年を象徴する楽曲」として、Sugar Soulとザ・ブラン・ニュー・ヘヴィーズ、ノトーリアス・B.I.G.の3組を選んでもらいました。

97年を象徴する楽曲

今すぐ欲しい feat. Zeebra / Sugar Soul

You Are The Universe / The Brand New Heavies

Mo Money Mo Problems feat. Puff Daddy & Mase / The Notorious B.I.G.

ベタな選曲ですけどね(笑)。Sugar Soulの“今すぐ欲しい feat. Zeebra”は、ユニットとして一番最初に作った曲だったと思います。20年間経っても自分の代表曲のひとつで、今でもプレイの最後の方に求められる。次のブラン・ニュー・ヘヴィーズ“You Are The Universe”は、渋谷のCISCO(※2)のスタッフだったDJ YANATAKE(※3)に教えてもらった曲ですね。

※2.CISCO:2007年に閉店した大手アナログレコードショップ。
※3.DJ YANATAKE:CISCOのヒップホップチーフバイヤーでの活躍をはじめ、音楽シーンを築き上げてきた重要人物。

――これはHASEBEさんがプレイしたことで人気に火が付いた楽曲でした。

当時の自分はヒップホップ~R&Bシーンの一部という見え方だったと思いますけど、リスナーとしてはもっとごちゃっとしていて、アシッドジャズのようなヨーロッパ的なものも沢山聴いていたし、四つ打ちもセットに混ぜたいと思っていたんですよ。この曲はバンドらしい生音の揺れるグルーヴもあるし、ポップでもあったので毎週かけましたね。続くノトーリアス・B.I.G.“Mo Money Mo Problems”は、分かりやすいサンプルを使っていて。

――ダイアナ・ロスの“I’m Coming Out”ですね。

そこまでヒップホップが好きではない人も「いいね」と思える曲だったし、97年はビギーが亡くなった年でもあって、この年を象徴する楽曲のひとつだったと思います。

その後の20年間を突き動かしてきた名曲たち。

――それ以降、HASEBEさんはDJ/楽曲プロデューサー/クリエイターとして第一線で活動し続けていくわけですが、「20年シーンを築いたという意味で象徴的な楽曲」についても、その楽曲とのかかわりや思い出を教えてください。

20年シーンを築いたという意味で象徴的な楽曲

Party Up / DMX

Touch The Sky / Kanye West

情熱 / UA

Heartbeat / Tahiti 80

You Are the Universe (DJ Hasebe Remix) feat. Ce Ce Peniston / Full Flava

Get Lucky / Daft Punk feat. Pharrell Williams & Nile Rodgers

まず、DMXの曲はスウィズ・ビーツ(※4)がプロデューサー。この頃流行っていたヒップホップの中でも90年代から続くヒップホップのパーティー感がストレートに出ていて、何年もピーク時にかけましたね。次のカニエはピッチを早くしたり、切り刻まずにバシッと使ったりと、サンプリングの使い方が新鮮でした。次の“情熱”は96年の曲。自分も日本語でブラック・ミュージックを表現することを考える中で、(楽曲を手掛けた)朝本さん(※5)の仕事は参考になったんですよ。Sugar Soulの“今すぐ欲しい”のような楽曲に混ぜてよくかけていましたね。僕らはこの後の世代で、そこに対するカウンターとして出てきましたけど、僕自身はすごく好きだったんですよね。

※4.スウィズ・ビーツ:NYを拠点とするヒップホップ系レーベル〈ラフ・ライダーズ〉専属プロデューサーであり、ラッパー。
※5.朝本さん:UAやTHE YELLOW MONKEYなどのプロデュース/作曲などで著名な音楽プロデューサーの朝本浩文氏。

――当時は様々な人々が、日本独自のブラック・ミュージックを考え始めていました。

当時の自分たちは無知でサンプラーとシーケンサーしか扱えなかったし、音楽的な知識もなかったと思います。でも、そうした限られた機材と知識の中でも、ヒップホップ的なトラックメイキングはできる。それが時代に受け入れられる自信はあったんだと思いますね。

――タヒチ80の“Heartbeat”にはどんな思い出が?

これは00年当時、セットによく混ぜていた曲ですね。ヒップホップやブレイクビーツが好きなことが感じられる音楽で、ヒップホップの現場でかけている人は自分以外にはいなかったけど、僕自身色々なものが好きな人間ということもあって感覚の近さを感じていました。

次の“You Are the Universe(DJ Hasebe Remix)feat. Ce Ce Peniston”は、ブラン・ニュー・ヘヴィーズのカヴァーをリミックスしたもの。オリジナルよりもよくかかった印象があるし、ここで自分のリミックスの形をひとつ確立できたと思います。自分の場合、90年代後半~00年代前半にやりたいことをやり尽くした感があったんですよ。それでこの頃は、「DJ HASEBE REMIX」と名がつくものがフロアを盛り上げる確率を100%に近づける作業をしていきました。ただ、そのあとEDMが盛り上がりはじめて、自分も多少プレイに混ぜていくんですけど、その後EDMを取り巻く状況を見て「自分はここから離れなければいけない」と思ったのも覚えています。もちろん、若い子はいいんですけどね。これは厳しい選択でしたけど、長い目で見たとき、今離れないと自分のキャリアは終わってしまうと思ったんですよ。時代の中で器用にこなすよりも、マイペースに自分の独特なキャラクターを確立させたかったんです。それもあって、2010年前後は現場も減りました。

でも、そのタイミングでニュー・ディスコ的なものが出てきて、自分もリエディットをやりはじめて。次の“Get Lucky”はダフト・パンクが70年代のブギーをやったことで、そのシーンをぐっと押し上げてくれた曲でもありますよね。何より、当時R&BシンガーでさえEDMを出さざるをえなかった状況の中で、この曲は他のアーティストが挑戦しやすい状況を作ってくれたと思います。そういう意味でも現在に繋がる曲ですよね。

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