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☆TAKU TAKAHASHI×TEDDYLOID INTERVIEW

☆Taku Takahashi×TeddyLoidエレクトロ対談!音楽を作るうえで“譲れないもの”って?

様々なフェスやクラブの現場で音楽シーンをサポートしてきた「ZIMA」が、日本上陸20周年となる2017年に「Music Fighters」をコンセプトにしてシーンの先駆者とこれからを担うアーティストにスポットを当てる対談企画。第三弾のテーマは“エレクトロ”です。

今回登場いただいたのは、98年のデビュー以降海外のトレンドを巧みに取り入れたサウンドで人気を集めてきたm-floの☆Taku Takahashiさんと、インターネット世代が生んだ若手音楽プロデューサーの雄、TeddyLoidさん。今回は2人がたびたび共演した経験がある思い出の場所のひとつ=渋谷SOUND MUSEUM VISION(以下、VISION)を舞台に、20年間の思い出やエレクトロシーンのこれから、2人の未来図を語ってもらいました。

INTERVIEW:☆Taku Takahashi × TeddyLoid

☆Taku Takahashi「m-flo“come again”は『世代を超えて』という表現が正しい曲」

――ZIMAが日本上陸した1997年というと、☆Takuさんはm-floのデビュー前夜です。その当時、どんなことに興奮して、どんなことを考えていましたか。

☆Taku Takahashi:97年というと、m-floがはじまる直前で、渋谷CAVEでやっているイベントに友達のDJを聴きにいっていました。その頃は日本語ラップが盛り上がっていたし、NYのイーストコーストのヒップホップやR&Bにも刺激を受けていて。あと、『カウボーイビバップ』のような当時新しく出てきたアニメも好きでしたね。ただ、初期のm-floは、いかに自分が好きなヒップホップやR&Bを消化して音楽をつくるかを考えていたんですよね。そんな時、当時興味があったた女の子にどんな音楽を聴いてるの?って聞いたら「ドラムンベースを聴いている」と言われてハっとしたんですよ(笑)。「あー、そういうえば、大学の頃もっと色々な音楽が好きだったなあ」って。m-floをはじめる前、LAに大学留学をしていたときに、MONDO GROSSOやテイ・トウワさん、ピチカート・ファイヴ、Kyoto Jazz Massiveのようなアーティストが海外でリリースしたアナログ作品を集めていたりもしたので。そこからアルバムに向かう段階で、クラブミュージックやジャズのように、色んなジャンルやテイストを取り入れていきました。VERBALとも話しながら、m-floの音楽に色んな要素が加わっていったんだと思います。

――一方Teddyさんは、97年というとまだ小学校の……。

TeddyLoid:低学年ぐらいです(笑)。小さい頃からエレクトーンをやっていて、ずっとクラシックや現代音楽を弾いていたんですけど、ちょうどそのときインターネットでヒューマンビートボックスを見つけて。その頃に、DTMもはじめたんですよ。

――97年はTeddyさんが影響を受けたダフト・パンクのデビュー作が出た年です。当時の音楽を、どんな風に見つけていったんですか?

Teddy:やっぱり、インターネットですね。翌年にm-floの“Been So Long”が出て、「日本のダフト・パンクみたいだ」と衝撃を受けました。最先端の音楽をやっていて、「日本人でこんな音を出す人がいるんだ」って。当時から、憧れの人はダフト・パンクとm-floでした。m-floはJ-POPシーンになかった海外のトレンドを取り入れて、日本人の耳を肥えさせてくれた人たちだと思うんですよ。中でも衝撃的だったのは“come again”。ビートが2ステップで、コード進行も今まで聴いたことのないもので、MVも面白いですよね。

――当時m-floさんがやられていたことが、世代を超えてTeddyさんに影響を与えた、ということですね。

☆Taku:“come again”で言うと、「世代を超えて」というのはすごく正しい表現で、実は僕が2ステップに出会ったのも、(先輩にあたる)テイ・トウワさんがきっかけでした。クラブかどこかでテイさんと話していたら、「最近2ステップが面白いよ」と教えてくれて。それをやろうと思って作ったのが“come again”ですね。ものの生まれ方って、その瞬間の出会いや状況によるものが大きいんだなと、今でも印象に残っている出来事です。

Teddy:僕は2015年にBeat Buddy Boiさんのプロデュースをさせてもらったとき、(カヴァーのアレンジ用に)“come again”のパラデータ(※)をもらうことができたんですよ。憧れの曲なので本当に嬉しかったんですけど、「結局このアイディアはどういうものだったんだろう?」とも思っていて。今話を聞いていてすごく腑に落ちました。

(※楽器パートごとのオーディオファイル)

☆Taku:たぶん、曲自体もテイ・トウワさんがやっていたディー・ライトの影響を受けていたし、2ステップに分類される曲ではありますけど、実は勘違いをした2ステップだと思うんですよね。「本当の2ステップを作るためにはこのキックを使って……」という風にルールがありますけど、“come again”はそれを完全に無視しているので。

TeddyLoid「『loves』シリーズはフィーチャリングの概念を変えた」

――☆Takuさんは、Teddyさんの音楽を初めて聴いたときはどう感じましたか?

☆Taku:「天才くんが現われた」と思いました。当時はまだMyspaceがよく使われていたころで、そこでTeddyからメッセージをもらったんですよ。

Teddy:デビュー前の話ですけど、僕は仕事でもプライベートでも悩んでいて、これからTeddyLoidを続けていくかどうか迷っていて。それで、最後に☆Takuさんに「曲を聴いてください!」とメッセージを送りました。そうしたら、☆Takuさんから「いいね」と返ってきて(笑)。

☆Taku:それがきっかけで同じ事務所になったという経緯がありましたね。Teddyが18歳ぐらいの頃って、世界的に見てもまだその年齢でここまでDTMを上手く使える人は全然いなかったんですよ。「これはすごいな。みんなに知ってもらいたいな」と思ったのを覚えています。音楽的には、僕からの影響はまったく感じなかったですけどね(笑)。

Teddy:そんなことはないですよ(笑)!

☆Taku:むしろ、「僕がかっこいいと思う音楽をやっている」というイメージでした。ひずんだシンセの音もかっこいいし、強気なアティテュードがあって。それに、どんどん作りたいものが変わっても、Teddyが作る曲は、どの曲もTeddyLoidの音になっていますよね。

――お2人が様々なアーティストとのコラボレーションの中で印象に残っているものというと?

☆Taku:僕はTeddyの曲でいうと、KOHHさんとの“Break’em all feat. KOHH”が「すごいな!」と思いました。自分のものでは……誰とのものが思い出に残っているか答えるのって難しくない?

Teddy:(笑)。確かに難しいですけど、僕は最近だと☆Takuさんに参加してもらった “All You Ever Need feat. ☆Taku Takahashi (m-flo)”。☆Takuさんはデモを作るときに仮歌を自分で歌われていて、マネージャー経由でこっそり聴いたことがあったんですよ(笑)。それがすごくよかったので、ヴォーカリストとして参加してもらいました。

――『SILENT PLANET』のリリースパーティーでも、☆Takuさんがゲスト参加してヴォーカルを披露しましたね。

☆Taku:そうですね。断る理由がなかったので、「いいよ」って(笑)。そうやって使ってくれるのも嬉しいことです。Teddyとは、m-floの“そのまま踊って帰っちゃう系?”(“So Mama I’d Love To Catch Up, OK?”。)のときにスタジオでブレイクをいじってもらったりもしました。だから、真ん中に一か所思い切りTeddy節のところがあるんですよ。

Teddy:あれは光栄でした(笑)。

――様々なゲストヴォーカリストを迎えた『m-flo loves』シリーズ(以下、『loves』)もありましたね。

☆Taku:印象的なコラボレーションがたくさんありました。中でも野宮真貴さんとクレイジーケンバンドとの“Cosmic Night Run”は、公私混同でしたね(笑)。僕は大学生の頃ピチカート・ファイヴが大好きだったし、クレイジーケンバンドも「めちゃくちゃ面白いしかっこいいな」と思っていて。スタジオにいる間もずっと感極まっていました。あとはCharaさん。「ちょっとノリで歌ってみる」と言って歌い出したときのエネルギーが、本当にすごかった。自分が思春期のとき聴いていた人たちが、目の前で自分の作った曲を歌っているというのはすごい体験でした。

Teddy:僕にとっての☆Takuさんも一緒ですよ。一緒にトラックを作らせてもらっているときも、正直手が震えてましたから(笑)。『loves』は、J-POPやクラブミュージックでのフィーチャリングの概念を変えましたよね。

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