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KダブシャインとSALUが語る、1997年〜これからのヒップホップって?

先駆者へのリスペクトがこれからの時代を作る。SALUが目指すもの。

――SALUさんの世代は、シーンを切り開いてきた先駆者の方たちがいる中で新しい表現を考えなければいけないわけですよね。

SALU:でも逆に、そういう方々がいてくれたことで簡単だったんじゃないかとも思うんですよ。先駆者の方たちがやられたことを勉強した上で、「じゃあ逆に」という発想でできたんで、「0」を「1」にするんじゃなくて「1」を「100」に近づける作業だったというか。

Kダブシャイン:もちろん、SALUくんたちにも新しい表現を作っていく義務があるだろうし、そういう人たちが今の若い世代を作っているんだと思う。2年前にAKLOの“RGTO feat. SALU,鋼田テフロン&Kダブシャイン”で一緒にやったけど、それで自分自身若い人に見られる機会も増えたし、最前線のラッパーとベテランが一緒にやるというのは、お互いにとってウィンウィンだよね。あれは本当にやれてよかった。

SALU:こちらこそですよ。僕にとっては御朱印集めのすごく大事な印を押させてもらったという感覚で、本当に嬉しかったです。

――Kダブさんが思う、SALUさんの音楽の魅力というと?

Kダブシャイン:「掴みどころがない」ことは意識してるんじゃないかな。かつ、アーティスティックな人間という印象があって、これからも人とはわざとずれていくようなものを期待してますね。

SALU:すごく天邪鬼な人間なんで、それは任せてください(笑)。

Kダブシャイン:でも、こう言うとやりたくなくなっちゃうかもね。俺も天邪鬼な性格だから、欲しいものを手に入れた瞬間に欲しくなくなってしまう。困ったもんだね。でも、それは芸術に必要な要素でもあるんじゃないかな。持っていないといけない要素かもしれない。

SALU:全員が右向け右だと、意味がないと思いますしね。

――世代は違いますが、同じラッパーとして共通する部分もありそうですね。

Kダブシャイン:クリエイティブなものを作るという意味では、世代が変わっても同じだから。自分が過去に作ったものを踏襲しつつ、そこよりもレベルが上のものを作ろうという気持ちは、共通しているかもしれないですね。

互いにとっての20年間のベスト・モーメント。

――この20年間で、2人のキャリアにとってのベスト・モーメントを選ぶなら?

SALU:僕のキャリアの中ではまだ何個かしかないですけど、僕の曲を聴いてオファーをくださる方が何人かいて、中でも国民的アイドルグループの方からオファーをいただいたときは一番嬉しかったかもしれないです。「ラッパーになりたい」と思ってラップをやってきて、どれだけ人と違うラップができるか、新しいラップができるか、世界でも通用するラップができるかを考えてやってきたのに、やっぱり国民的アイドルグループの方に僕の曲を聴いてオファーをもらったのが、一番嬉しかった。

――自分の好きなヒップホップが広がっていくという感覚ですか?

SALU:むしろ、自分の表現を「ポップスとしても認めてもらった」気がしたんですよ。ずっとかたくなに「ラッパーとは?」「ヒップホップとは?」と考えてきた自分と、本当の自分とがいて、そのときに本当の自分が喜んでしまったというか。俺はみんなに認められたいんだな、そういう場所でラップがしたいんだな、ということがはっきりと分かったんです。

Kダブシャイン:デビューした時は、ベスト・モーメントには入らないの?

SALU:あまり実感がなかったんですよ。周りの人や先輩たちが色々とお膳立てしてくれてデビューさせてもらったこともあって、僕は最初はそのありがたみがあまり理解できていなかった。デビュー作がiTunesの総合チャートの2位になったときも、会社の人たちはすごく喜んでくれたんですけど、自分自身は「ああ、本当ですか」という感じで。

Kダブシャイン:世に出たという感覚がなかったのかもね。

SALU:その後、周りの人たちや聴いてくださる方の反応を知る中で、徐々に「自分はもうプロなんだな」と思うようになったというか。CDが最初に店に並んだときも、僕自身はそんなに嬉しくはなかったんですよ。

Kダブシャイン:すごい天邪鬼だな(笑)。

SALU:じわじわと責任感が芽生えてきたんです。僕は最初から恵まれすぎていたのかもしれないですね。

――Kダブさんはどうですか?

Kダブシャイン:去年アルバム『新日本人』を出して、それがiTunesやネットで評判がいいのが、すごく嬉しかったりもするんですよ。ただ、「つねに今がベストだ」と思いたいけど、自分のキャリアを素直に振り返ってみると、キングギドラで95年にデビューして、97年にソロデビューして、02年にもう一度キングギドラで『最終兵器』を出したときには、オリコン・チャートでも3位ぐらいに入って。その後もトップ10にシングルが4曲ぐらい入って、TV番組も出まくったあとに、映画『凶気の桜』にサントラを提供することもできた。つまり、02~03年にかけてそれまでヒップホップでやりたいと思っていたことを全部実現してしまったんですよ。夢が成就したのはまさにその頃。渋谷の街にもキングギドラのポスターが張られて、ストリートアートが沢山描かれて。それは渋谷生まれ渋谷育ちの自分としては、「街に金字塔を立てた」と思えるような体験だったな。

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